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抜粋
ただ、ラカンの場合は、「穴」の概念があるので、少しは不連続性があるとは思います。
しかし、それは、ハイデガーの「存在」の「穴」に近いのではと思われます。
私見では、ハイデガー哲学(『存在と時間』)は、Media Pointを封鎖しています。
ただし、同一性志向性はもっていると思います。そのために、根拠が「存在」になると思います。
それは、閉鎖されたMedia Pointの闇ではないかと思われます。
 さて、オートポエーシスについてお尋ねですが、これは、自然をジネンと捉えると、
いいと思います。PS理論のMeida Pointはジネン的な能動性をもっています。
私は老子の無為自然の自然もジネンと考えています。
言い換えると、自発性です。
聖書の能動的な意志的な創造とは異なると考えています。
 音楽に関して言いますと、最近聴いたイギリスのポップスのLittle Bootsの音が
電子音楽(デジタル)とリリカルな歌唱(アナログ)とが差異共鳴していると感じました。
私の直感では、両者には、微妙な「間」、「差異」が生じているようです。
これが、私がバッハやシューベルトに感ずるものと共通するようです。
差異1(旋律1)と差異2(旋律2)とのズレが「間」ということです。
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